エンドカンナビノイドシステム(ECS)は、全ての脊椎動物が備える生体システムです。脊椎動物には、私達哺乳類や鳥類、魚類、爬虫類、両生類が含まれます。さらに、昆虫を除く幾つかの種の無脊椎動物でさえも、エンドカンナビノイドシステムを備えています。
エンドカンナビノイドシステムは生殖機能、妊娠、出生前後の発達、免疫系の諸活動、食欲、痛覚、気分、記憶、大麻の薬理効果の媒介などに関与すると言われています。
エンドカンナビノイドシステムは、内因性カンナビノイド(エンドカンナビノイド)、カンナビノイド受容体、及びエンドカンナビノイドの合成と分解を担う酵素などで構成されています。
エンドカンナビノイドシステムの解説に入る前に、まずは内因性カンナビノイドとカンナビノイド受容体、
酵素について解説していこうと思います。
◆エンドカンナビノイド(内因性カンナビノイド)とは?
エンドカンナビノイド(内因性カンナビノイド)は、生物の体内で生成され、筋肉や脳、循環細胞など身体中に分布する不飽和脂肪酸誘導体の神経伝達物質です。神経伝達物質とは、ニューロン(神経細胞)と細胞の間で信号を伝達する化学物質のことを言います。
ヒトの体内には100種類以上の神経伝達物質があり、それぞれ異なる機能を持ちます。神経伝達物質には、例えばセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどがあります。
エンドカンナビノイドは、カンナビス中に存在するフィトカンナビノイド(THCなど)と同様にカンナビノイド受容体へ結合します。因みにフィトカンナビノイドの事を外因性カンナビノイド若しくは植物性カンナビノイドとも言います。
最も広く研究されている2つの内因性カンナビノイドは、アナンダミドおよび2-AGです。以下より、この2つの内因性カンナビノイドについて掘り下げて解説していきます。
●アナンダミド
アナンダミドはN-アラキドノイルエタノールアミン、アラキドノイルエタノールアミド、AEAとも呼ばれます。
アナンダミドは、1992年にエルサレムで最初に発見されたエンドカンナビノイドであり、脊椎動物を始めとする多くの生物の体内(最も組織内濃度が高いのは脳)に存在します。アナンダミドの発見は、カンナビノイド受容体であるCB1およびCB2に関する研究からもたらされました。
カンナビノイド受容体はどの昆虫にも見つかっていませんが、内因性カンナビノイドであるアナンダミドと2-AGはショウジョウバエの体内からも発見されています。さらに、アナンダミドは、アナンダミドの効果を模倣する可能性のある2つの物質であるN-オレオイルエタノールアミンとN-リノレオイルエタノールアミンと共にチョコレートに含まれています。
「アナンダミド」という名前は、「喜び、至福、喜び」を意味するサンスクリット語の「アナンダ」から取られたものです。
アナンダミドの作用は、末梢神経系と中枢神経系のいずれかで起こります。その効果は、主に中枢神経系のCB1と、末梢のCB2によって制御され、免疫系の機能と免疫反応に関与しています。
アナンダミドは、生理活性物質であるプロスタミドの前駆体であり、必須オメガ6脂肪酸であるアラキドン酸の非酸化的代謝に由来します。
女性の排卵時には、体内でアナンダミドが高濃度で存在する必要があり、その濃度が低い場合、妊娠に悪影響を及ぼす可能性があります。アナンダミドは、女性の卵胞形成、卵子の成熟、卵巣内分泌に影響を与えることが知られています。
また、2007年にはアナンダミドが特定のヒト乳癌細胞株の増殖を抑制することが発見されました。
●2-AG
2-AGは2-アラキドノイルグリセロールとも呼ばれ、ラットの脳や犬の腸からアナンダミドの次に発見されました。
2-AGは、アナンダミドとともに中枢および末梢神経系のカンナビノイド受容体に作用するもう一つのエンドカンナビノイドです。2-AGは、CB2受容体に対してはフルアゴニスト、CB1受容体に対してはパーシャルアゴニストであり、それらの強力なリガンド(結合分子)です。しかし、TRPV1受容体に作用することは示されていません。
2-AGは、アナンダミドよりも強力な、体内に最も多く存在するエンドカンナビノイドで、食欲や免疫系機能、疼痛や炎症、ストレス、不安などの調節において重要な役割を果たすと考えられています。
また、2-AGはヒトやウシの母乳にも含まれており、イスラエルの科学者たちは、母乳中に2-AGが存在する理由を、乳児が母親の乳房を飲む意欲を刺激するためであると仮定しています。
2-AGは、アラキドン酸やEPA、DGLAと呼ばれる炭素数20の必須脂肪酸に由来する分子群の一つで、アラキドン酸と他の内因性分子との反応により生成されます。しかし、アナンダミドとは異なり、2-AGは遊離アミンの代わりにグリセロールを必要とし、化学変化を起こします。2-AGとアナンダミドは化学構造が類似しているにもかかわらず、異なる酵素経路で合成・分解されます。
2-AGは、アルツハイマー病、ハンチントン病、多発性硬化症、統合失調症などの疾患に関与している可能性があります。
アナンダミドと2-AGの発見により、エンドカンナビノイドシステムと呼ばれる神経調節システムの存在が証明されました。しかし、現代科学がエンドカンナビノイド系について知ったのは1992年以降であることを考えると、エンドカンナビノイドはこの2つだけではない可能性が高いようです。
◆カンナビノイド受容体とは?
1990(CB1)と1993年(CB2)に,フィトカンナビノイド(植物性カンナビノイド)が結合するカンナビノイド受容体がヒトの体内に存在することが明らかになりました。主に中枢神経系に存在する受容体をCB1、主に末梢神経系に存在する受容体をCB2として、それらは同定されました。
CB1とCB2のタンパク質配列は約44%類似しており、受容体の膜貫通領域のみを考慮すると、2つの受容体のアミノ酸類似度は約68%となっています。
それらのカンナビノイド受容体は、
●エンドカンナビノイド(動物などの体内で生産されるアナンダミドなど)
●フィトカンナビノイド(大麻などが生産するTHCなど)
●合成カンナビノイド(科学的に生成されるHU-210など)
によって活性化されます。
●CB1
CB1は、中枢神経系(CNS)において最も豊富なGタンパク質共役型受容体(GPCR)の一つであり、新皮質、海馬、基底核、小脳および脳幹において特に高いレベルで発現します。またCB1は、肺、肝臓、腎臓、脾臓、末梢神経終末や精巣、眼球、血管内皮などの神経外部位にも発現します。
CB1は、その中枢神経系における発現と局在から、内因性リガンド及びその合成・分解に関与する酵素とともに、記憶障害から神経変性疾患など多岐にわたる病態生理に関与していることが示唆されています。
肝臓では、CB1の活性化はデノボ脂肪生成を増加させることが知られています。
●CB2
CB2は免疫系のT細胞、マクロファージやB細胞、造血細胞、脳、中枢神経系、末梢神経末端で発現するGタンパク質共役型受容体(GPCR)の1つであると考えられています。中枢神経系では、CB2の発現は炎症と関連しており、主に中枢神経系の常在マクロファージであるミクログリアに局在しています。
最近の研究では、神経細胞に発現するCB2受容体がシナプス機能を制御し、薬物乱用やシナプス可塑性に関与することも示されています。
●CB3
新たな研究では、CB1およびCB2に加えてGPR18、GPR55、GPR119なども、エンドカンナビノイドと結合することが明らかになりました。その中でもGPR55は、CB3とも呼ばれています。
それらの存在は以前から明らかではいましたが、CB1, CB2と14%程度しかアミノ酸同一性を持たないため、カンナビノイド受容体であるとは考えられていませんでした。
CB3はGタンパク質共役型受容体で、全身に散在していますが、精巣や海馬、尾状核、視床下部、小脳、小腸内に多く存在することが知られています。CB3は、歩行や発声など体の運動機能を司る脳の小脳領域に最も密に存在しています。
GPR55-CB1およびGPR55-CB2が異性化すること、中枢神経系から末梢まで広く分布することから、GPR55は様々な細胞プロセスや病態において重要であり、また、炎症における治療効果の可能性が示唆されました。
THCに次いで代表的なフィトカンナビノイドであるCBDは、CB1とCB2のどちらとも結合しません。しかし、CBD(カンナビジオールは、このCB3と結合する可能性があるとして研究が進められています。
●GPR18
N-アラキドニルグリシン受容体(NAGly receptor)は、Gタンパク質共役型受容体18(GPR18)としても知られ、ヒトではGPR18遺伝子によってコードされているタンパク質です。 GPR55とGPR119と共に、GPR18は内因性脂質神経伝達物質の受容体であることが判明しており、そのうちのいくつかはカンナビノイド受容体にも結合するします。
GPR18はCBDの受容体であり、眼圧調節に関与することが判明しています.
●GPR119
GPR119は、GPR55やGPR18とともに、新規のカンナビノイド受容体としての関与が示唆されています。
GPR119は、ネズミやヒトの膵臓や消化管、ネズミの脳に多く発現しています。
この受容体が活性化されると、ラットでは摂餌量の減少や体重増加が起こることが示されています。また、GPR119はインクレチンやインスリンホルモン分泌を調節することが示されています。 そのため、肥満や糖尿病の新しい治療としてこの受容体に働きかける新しい薬剤が示唆されています。
●その他
カンナビノイド受容体は、上記意外にも存在すると考えられています。
◆酵素FAAH とMAGLとは?
アナンダミドは、N-アラキドノイルホスファチジルエタノールアミンから複数の経路で合成され、主に脂肪酸アミドヒドロラーゼ(FAAH)酵素によって分解され、アナンダミドがエタノールアミンとアラキドン酸に変換されます。そのため、FAAHの阻害剤はアナンダミドレベルの上昇をもたらす事から、治療薬の開発が進められています。
モノアシルグリセロールリパーゼ(MAGL)は2-AGを加水分解し、アラキドン酸の生成を制御する酵素です。MAGLを阻害することで抗炎症作用が得られる可能性がある事から、モノアシルグリセロールリパーゼ(MAGL)阻害薬の開発が進められています。
脂肪酸アミドヒドロラーゼ(FAAH)とモノアシルグリセロールリパーゼ(MAGL)という2つのエンドカンナビノイドヒドロラーゼの阻害剤は、カンナビノイドを直接補充するよりも副作用が少なく、間接的にエンドカンナビノイドレベルを増加させる能力を有しています。
因みに、黒胡椒はアルカロイドのギネシンを含み、これはアナンダミドの再取り込み阻害剤として働きます。
◆エンドカンナビノイドシステム(ECS)とは?
簡潔にいうと、エンドカンナビノイドシステム(ECS)とは、生物におけるホメオスタシス(恒常性)を維持する機能の事を言います。
もう少し具体的に言えば、
●食欲や消化
●睡眠
●痛覚
●炎症
●免疫
●気分
●代謝
●学習・記憶
●生殖
●神経保護
などに関する機能を、本来の正常な状態に保つ役割を担っていると考えられています。
また、大麻やカンナビノイドを摂取した際に効果を得ることが出来るのも、このエンドカンナビノイドシステム(ECS)が関係しています。
エンドカンナビノイドシステムは、ストレスや病気、老化によって働きが弱まる可能性が有ります。エンドカンナビノイドシステムの働きが弱まると、臨床的エンドカンナビノイド欠乏症(カンナビノイド欠乏症)に繋がり、様々な病気を患うリスクが高まります。
臨床的エンドカンナビノイド欠乏症を、英語ではClinical endocannabinoid deficiency (CECD)と言います。
エンドカンナビノイドシステムを正常に機能させるには、規則正しくストレスの少ない生活が大切です。また、CBDやTHCなどのフィトカンナビノイドを外部から取り入れることにより、カンナビノイド欠乏症を治療することも可能です。
◆まとめ
◉エンドカンナビノイドシステム(ECS)は、全ての脊椎動物が備える生体システム
◉生物におけるホメオスタシス(恒常性)を維持する機能
◉ECSによってカンナビノイドを摂取した際に効果を得ることが出来る
◉ストレスや病気、老化によって働きが弱まる可能性が有る
◉正常に機能させるには、規則正しくストレスの少ない生活が大切
◉フィトカンナビノイドを外部から取り入れることにより機能を回復させることも可能